とまと王国の誕生と王様
はるか西の大地に、地図にも載らない小さな王国があった。その名はとまと王国。
赤く肥沃な土壌と、昼夜の寒暖差に恵まれたその国では、宝石のように艶やかなトマトが年中実り、人々の生活はすべてトマトと共にあった。
王国を治めるのは、とまと王(おう)・リコロ三世。
彼は生まれたときから頬が赤く、まるで完熟トマトのようだったため、国民からは親しみを込めて「まっか王様」と呼ばれていた。
リコロ王は穏やかで、毎朝必ず畑を歩き、農夫たちと同じ目線で土に触れた。
「トマトの声を聞け」
それが彼の口癖だった。風の音、葉の揺れ、水の匂い――それらを感じ取ることで、国の調子も分かると信じていたのだ。
王国は平和だった。
トマトスープの湯気が立ちのぼる朝、市場には笑い声が満ち、子どもたちはトマト型の風船を追いかけて走り回っていた。
誰もが、この平穏が永遠に続くと疑わなかった。
王様の不安と兆し
しかし、ある年の夏、王様は違和感を覚える。
畑のトマトは赤い。形も良い。味も甘い。
だが――どこか空虚だった。
「声が、薄い……」
リコロ王は夜、ひとり温室に立ち、トマトを見つめた。
見た目は完璧だが、土の奥にある“生きる力”が弱まっているように感じたのだ。
やがて異変は形となって現れ始める。
収穫量は増えているのに、なぜか国民の笑顔が減っていった。
トマト料理は美味しいはずなのに、「前ほど感動しない」と囁く者が現れた。
家臣たちは言った。
「王様、数字はすべて良好です。輸出も順調。問題はありません」
だが王様は首を横に振る。
「数字は嘘をつかぬ。だが、数字はすべてを語らぬ」
王様の胸に、不安の種が芽生え始めていた。
真実のトマトと王の選択
ある嵐の夜、王様は古文書庫で一冊の書物を見つける。
それは建国王が残したとされる記録だった。
そこには、こう記されていた。
「とまと王国が最も危機に瀕するのは、
トマトが“作物”になったときである」
王様は震えた。
今の王国では、効率、収穫量、見た目――そればかりが重視されている。
トマトは“生きもの”ではなく、“商品”になっていたのだ。
翌朝、王様は大胆な決断を下す。
・輸出用トマトの生産を半分に減らす
・効率重視の栽培法をやめる
・子どもたちにトマトを育てさせる授業を始める
家臣たちは反対した。
「国力が落ちます!」「他国に負けます!」
それでも王様は言った。
「負けてもよい。だが、心を失って勝つ国に価値はない」
一時、王国は混乱した。
収入は減り、不満の声も上がった。
だが、土は少しずつ息を取り戻し、トマトは再び深い赤を帯び始める。
とまと王国の未来
数年後。
とまと王国のトマトは、量ではなく“物語”で知られるようになった。
「このトマトは、王様と一緒に植えた」
「初めて泥だらけになって育てたトマトだ」
そんな言葉が添えられ、トマトは人から人へ手渡されていく。
リコロ王は年老いたが、今も畑を歩く。
赤く熟したトマトにそっと触れ、微笑む。
「やっと、声が戻ったな」
王様が守ったのは、トマト王国ではない。
“育てる心”そのものだった。
そして今日も、とまと王国では、
トマトの赤と、人々の笑顔が、同じ色で輝いている。

