第一章:とまと王国の誕生 ―― 赤い奇跡のはじまり
はるか昔――
まだこの国が「王国」と呼ばれる以前、名すら持たなかった時代のことです。
この地は決して豊かな土地ではありませんでした。
大地は痩せ、土は硬く、季節の移ろいは極端でした。
夏は容赦なく照りつける太陽が水分を奪い、冬には冷たい風が吹き荒れ、若い芽を凍えさせました。雨は降るときには激しく、降らないときには長く乾き、人々の暮らしは常に自然の気まぐれに左右されていたのです。
それでも、人々はこの地を離れませんでした。
祖先から受け継いだ土地への想い、ここで生きるしかないという覚悟、そして「いつか必ず、この土地は応えてくれる」という静かな信念が、彼らをつなぎ止めていました。
人々は畑を耕し、石を取り除き、わずかな作物を育てようと試みました。
麦は枯れ、豆は実を結ばず、何度も失敗を重ねます。
それでも、夜には焚き火を囲み、知恵を出し合い、翌日のために再び立ち上がりました。
そんなある年のことです。
いつもより強い風が、遠い土地から吹き込んできました。
その風に乗って、ひとつの小さな種が、この地へと運ばれてきたのです。
それは、見慣れない種でした。
あまりに小さく、あまりにか弱く、誰もが最初は気にも留めませんでした。
けれど、ある老農夫がその種を拾い上げ、こう言ったと伝えられています。
「この種には、まだ名前がない。
だが、名を持たぬものほど、大きな可能性を秘めている」
老農夫は、その種を畑の片隅にそっと埋めました。
特別な肥料があったわけではありません。
ただ、空を見上げ、雨を祈り、毎日欠かさず土の様子を確かめたのです。
太陽の光は平等に降り注ぎ、
山から流れ出る澄んだ水は、静かに土を潤しました。
そして何より、人々の「どうか育ってほしい」という願いが、その小さな命を包み込んでいました。
やがて、土の表面に小さな緑が顔を出しました。
それは奇跡の始まりでした。
人々は息をのみ、その芽を見守りました。
嵐の日も、寒い夜も、芽は折れることなく、少しずつ、しかし確実に成長していきます。
やがて白い花が咲き、
そしてある朝、陽の光を受けて、鮮やかな赤い実が姿を現しました。
それは、誰も見たことのない色でした。
深く、温かく、まるで命そのものを凝縮したかのような赤。
恐る恐る口にした人々は、言葉を失いました。
広がったのは、やさしい甘さと、奥行きのある旨味。
それは、これまでの苦労や失敗をすべて包み込み、報いてくれる味でした。
人々の目には涙が浮かびました。
「この土地は、まだ終わっていなかった」
「私たちの歩みは、間違っていなかった」
その夜、人々は集まり、赤い実を囲んで誓いました。
「この実と共に生きよう」
「この命を、次の世代へつなげよう」
その誓いの瞬間こそが、
とまと王国の誕生でした。
一粒の種から始まった奇跡は、やがて畑を満たし、村を満たし、国を形作っていきます。
赤い実は希望の象徴となり、人々の誇りとなり、この地の名前そのものとなったのです。
こうして、名もなき土地は、
**「とまと王国」**として、静かに、しかし力強く歩み始めました。

